手を差し伸べる自分。

毎週月曜日は、楽しみにしてる

コードブルー。

今日の放送の中で。

医者の言葉が、患者にとって

クスリになる。

というモノローグがあって。

人が不安に思った時。

信頼する人からの言葉で

安心できたりする。

だからこそ。

自分の周りで、不安な人が

いるときは。

『大丈夫だよ』

と受け止める自分でありたい。

そう思った今日のコードブルーでした。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

弱気な自分。

臆病な自分。

不安な自分。

あなたの心の中に

いませんか?

自分に自信を持つこと。

自分を好きになること。

それが

Happiness(幸せ)

charge(ためる)

幸せを貯めるコト。

そんなことを伝えたくて

コミュニケーション講座を

開催しています。

自分のことが好きになれたら。

自分に自信が持てるようになったら。

地面しか見えなかった景色が

綺麗な青空に変わります。

一緒に、上を向いて

歩きましょう!

一般社団法人 日本言葉のソムリエ協会

ハピチャ教室主宰 豊田久美子

http://j-vsa.org/users/view/toyodakumiko

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トレンド入りしているから言うけど、山梨

トレンド入りしているから言うけど、山梨県の県庁所在地は甲府市だよ。山梨市じゃないよ

おはようございます夏の白い花は、涼しく

おはようございます夏の白い花は、涼しく感じますよね今日は、もう暦では立秋もう少し元気に夏を乗る切りましょoo

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今年の枝豆は去年よりは実りがいい感じ。

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これはBZミーティングには良いかもしれません。宮内さんは泊で

人間の知恵の愚かさ創世記161〜6

おはようございます。伊東市中小企業元気アドバイザー、

伊豆夢イズムこと

ロックな税理士、原眞人ハラマサトです。

人間の知恵の愚かさ創世記161〜6

川奈聖書教会火曜礼拝では、

アブラムの生涯を中心に創世記を学んでいます。

今晩の16章は暗黒の章、気の重たくなる内容が記されています。

聖書は偉人と呼ばれる人物を美化するようなことはしない。

信仰の父と呼ばれ、イスラエル民族で最も尊敬を集める

アブラムとて例外ではありません。

かつて、飢饉の中、エジプトに下り、パロを恐れ

サライを私の妹と胡麻化した失敗。

今晩の出来事も、アブラムの生涯で忘れてはいけない

失敗のひとつです。

私たちはアブラムの姿に、自分自身をしっかり見なければいけない。

アブラムの生涯を辿るこの学びが

アブラムから教えられる学びではなく

アブラムに関わって下さる、神様のお姿こそ、

私たちが学ぶ唯一のものです。

1妻サライの知恵

161〜3

アブラハムの妻サライは、彼に子供を生まなかった。

彼女にはエジプト人の女奴隷がいて、

その名をハガルといった。

サライはアブラムに言った。

ご存知のように、主は私が子供を産めないようにしておられます。

どうぞ、女奴隷のところにおはいりください。

多分彼女によって、私は子供の母になれるでしょう。

アブラムはサライの言う事を受け入れた。

アブラムの妻サライは、アブラムがカナンの土地に住んでから

10年後に、彼女の女奴隷のエジプト人ハガルを連れて来て、

夫アブラムに妻として与えた。

アブラムの失敗のきっかけは妻サライでした。

自分には子供がいないのに、あなたの子孫は地のチリ

のように多くなると主にいわれ

アブラムは不安と疑いに苛まれ

神様に訴えた。

それに対し神様は

あなたから生まれる子が後を継ぐ

とはっきり答えて下さった。

アブラムはその言葉を信じた。

サライも同じように、その言葉を信じた。

しかし、子供が与えられないことは紛れもない事実。

そこで、サライは知恵を絞りました。

神様の言葉

アブラムから生まれ出てくる子が後を継ぐ

サライは次のように解釈します。

神様はアブラムとはおっしゃてはいるけれど

サライとは一言も言っていない。

そうだったのか。

そしてサライは女奴隷ハガルにアブラムの子を産ませることにした。

このサライの提案は不信仰から出た話ではなかったのです。

すでに高齢になっているサライがこうまでして

子供が欲しいと思っていたわけではありません。

自分以外の女性に夫の子供を儲けることを喜ぶ

女性はいません。

アブラムが後継ぎがいないことを嘆いている。

子供ができなかった原因は自分にあるのではないか

そうであるならば、自分が我慢すれば

そういう苦渋の決断でした。

しかし、このサライの決断は神様の御心に適っていなかった。

2知恵が多くなれば悩みも多くなる

今晩の箇所は創世記3章によく似ています。

蛇の誘いに乗せられ、神様に命ぜられた禁断の木の実

を食べてしまったエバ。そのエバは夫アダムを誘い、

アダムも禁断の木の実を食べてしまった。

二人が食べてしまったこの木の実は善悪の知識の木でした。

この木の実を食べたときに、

二人の目が開かれ自分たちが裸であることを知った

ここで目が開かれると言われているその言葉は

否定的にな意味合いで使われています。

私たち人間が知識に目を開かれたことを聖書は

人間の苦しみの始まりとしています。

今晩のサライをみるとそのことが分かります。

神様の御言葉を実現させるためにはどうしたらいいだろうか?

そうやって自分で考え、知恵を巡らし、

サライは神様を飛び越えて考えてしまった。

聖書中、最大の知恵者と言われるソロモンはこのように言いました。

伝道118

実に、知恵が多くなれば悩みも多くなり、

知恵を増すものは悲しみも増す

また、ソロモンはこうも言いました。

主を恐れることは知識の初めである

知恵を得て、賢さを増し、そうやって可能性を伸ばすことに

活路を見出そうとする人の営みはかえって人を不自由にするのです。

3夫婦の関係性

女奴隷ハガルに子を産ませることを勧めるサライの言葉に

アブラムはまんまと乗せられてしまします。

アダムがエバの誘いにまんまと乗せられたことと瓜二つです。

この二つの出来事で共通しているのは、初めに誘惑に陥ったのが

妻であり、その陥った過ちに夫が引きずられたという事です。

神様は女性エバをアダムの助け手として創造されました。

アダムは一人では人として十分な存在ではなかった。

これは神様の失敗ということではなく

人は一人では完結しない存在として

神様の計画のうちに創られたいるのです。

エバとサライ、知恵のある妻は、愚直な夫にイライラし

先走ってしまうところがある。

一方、アダムとアブラム、自分より知恵のある妻をつい

頼りにし、自分をリードしてくれるように願い、

責任を丸投げしてしまう。

しかし、神様の知恵は、愚直な夫をリーダーとして

知恵のある妻を助け手としたところにあるのです。

妻は自分の知恵を絶対化せずに、神様に委ね、最終的な決断を

愚直な夫に委ねることで祝福を受ける。

一方、夫は知恵や決断に不安を覚えながらも

神様に寄り頼んでリーダーシップを発揮する。

慎みと信仰をもって前進していく、そこに祝福が現わされます。

弱いものこそ用いられる神様、強いものにこそ謙虚さを求める神様

こうした神様の御心のうちに夫婦の関係性があるのです。

神様が定められた夫婦の摂理の中で

我慢できなくなってしまったサライ

女奴隷を用いてアブラムの後継ぎを生む。

このような重大なことをサライは夫を差し置いて、提案し

説得してしまします。

エバもまた然りです。

蛇の誘惑に際し、私たちと夫アダムを差し置いて

自分が夫婦の代表をして、話をすすめアダムに木の実を

食べさせてしまった。

一方、夫側にも問題があります。

妻が出しゃばらずにいられなくなってしまう男性のだらしなさ。

サライやエバが出しゃばりすぎて失敗をしてしまった

その原因を作ったのは、アブラムやアダムの心の隙間であり

甘えであったともいえるでしょう。

4悪の連鎖

164

彼はハガルのところにはいった。

そして彼女は身ごもった。

彼女は自分がみごもったのを知って、

自分の女主人を見下げるようになった。

女奴隷ハガルは身籠ります。

この時点でハガルは可哀そうな被害者にしか見えませんが

すぐに、ハガルのうちに悪の連鎖がはじまります。

ハガルは自分が身籠ったことを知るとサライを見下すようになった。

165

そこで、サライはアブラムに言った。

私に対するこの横柄さは、あなたのせいです。

私自身が私の女奴隷をあなたのふところに与えたのですが、

彼女は自分が身ごもっているのを見て、私を見下げるようになりました。

主が、私とあなたとの間をおさばきになりますように。

もともと、サライがハガルをアブラムに与えたときには

自分が犠牲になることで、神様の約束が成就するという思いがあった。

皆が自分に感謝する。このようなことを想像していた。

しかし、全然、自分の思惑と違う結果になってしまった。

そのことにサライは苛立ち、怒りの矛先は夫アブラムへ向かった。

あなたがだらしないから、こんなことになる

166

アブラムはサライに言った。

ご覧。あなたの女奴隷は、あなたの手の中にある。

彼女をあなたの好きなようにしなさい。

それで、サライが彼女をいじめたので、

彼女はサライのもとから逃げ去った。

妻から怒られ、うろたえたアブラムは

あなたの好きなようにしなさいと責任を放棄し

そういわれたサライはハガルを虐待し、ハガルは逃げ出してしまいます。

このとき、ハガルが身ごもったイシュマエルは

現在のアラブ人の先祖となります。

4000年が経った現在のパレスチナにおいて

アラブ人とユダヤ人の争いは絶えません。

このときのアブラムとサライの過ち、罪は取り返しのつかない

失敗として、のちの子孫にまで災いをもたらしているのです。

私たち一人、一人の罪は自分に災いをもたらすだけでなく

自分の周りの人、後の世代の人にも災いをもたらします。

そして、もう一つ覚えたいこと、それは自分の与えられた分を

超えてはいけないということ。

サライは自分の力を遥かに超えたことに手を出してしまったのです。

思い通りにすることが出来ない自分自身に腹をたてたのです。

良かれと思ってすることであっても、自分に手を負えないことにまで

手を出すことは罪なのです。

困っている人がいて、悲しんでいる人がいて

しかもその問題に有効に関われないことは辛いものです。

しかし、そのような自分の手の及ばないことの中でこそ

私たちは神様の特別なお働きをあずかることができるのです。

神様は私たちの足りない場所、不足している場所にこそ

働いて下さるお方なのです。

神様が私たちに与えられた役目、賜物、立場、力量

その秩序の中で生きることこそ、自分にとっても人にとっても

神様の祝福をもたらす結果になるのです。

大事なことは、いつも聖書とロックが教えてくれた。

ラピース

今日も楽しく、誇りをもって行こう!

0804東海大記録会東海大生よし、3分

0804東海大記録会東海大生よし、3分45切り9人揃った!!0805世陸ラストファラー僕のパワーはここからだよ!!3分4647何故なのか